火炎と水流
―交流編―
#11 さよなら、桃ちゃん!
それから、淳は水流を入れたボトルを持って家に帰った。服を無くしてしまったので水流に自分の服を貸してやるつもりだった。
いつものように玄関の鍵を開けるとリビングに灯りが点いていた。そこには母と真菜が笑いながら何かを話している。
「真菜……」
呆然としている淳に母がお帰りと声を掛けた。
「あ、淳お兄ちゃんだ」
桃香が笑う。
「桃香ちゃん……?」
淳が訊いた。
「うん。桃香だよ。あれ? そのボトルの中のって、もしかして水流なの?」
「あ、うん。これね」
淳がボトルを見せる。
「水流ってば、何いたずらしたの?」
ボトルを覗き込んで桃香が訊く。
「ちげーよ。おいら、大活躍して疲れてんの」
ぶくぶくと泡立って言う。母はキッチンに向かっていたので、会話を聞かれる事はなかった。
「じゃあ、おれの服貸すから着替えろよ」
そう言うと淳は子ども部屋に向かった。
二人が戻って来ると母親が驚いて訊いた。
「あら、お友達と一緒だったの?」
「うん。こいつ、谷川水流ってんだ」
淳が紹介する。
「水流って、桃香ちゃんの?」
「はい。桃香の兄です」
水流がもっともらしくあいさつする。
「そう。じゃあ、さっそくケーキをお出ししましょうね」
母が笑って言う。
「ケーキ? やった! おいら甘いの大好き!」
それからしばらく雑談していると父も帰って来た。そして二人を家まで車で送ってくれた。
火炎は家に戻っていた。桃香も水流も見つからず、半ば諦めてアパートに帰って来たのだ。そんな時、呼び鈴が鳴った。
「桃香!」
ドアを開けるとそこに彼女がいた。
「ただいま! 火炎。見て! 淳お兄ちゃんのお母さんにおみやげもらったんだよ」
桃香はうれしそうにケーキの箱を見せた。火炎はその姿を見てほっとした。水流と桃香は部屋に入り、あとには淳の両親が残された。
「あなた方が桃香を保護してくれていたんですか。本当にお世話になりました。ありがとうございます」
火炎が挨拶する。
「大した事ではありませんよ。桃香ちゃんは、とてもお行儀が良くて感心しました。やさしくていいお子さんですね」
淳の母は、そう言いながらも言葉に詰まった。
「実は、時岩さん、折り入ってお話があるのですが……」
後から来た父親がそう言った。
そして、火炎と淳の両親は出掛けて行った。
「桃香を養子に?」
喫茶店で話を聞いた火炎は思わず二人を見つめた。
「勝手なお願いだという事は重々承知しております。しかし、桃香ちゃんを一目見た時から、どうしても我が子として育てたいという気持ちになったのです」
淳の母親が言った。続けて、父親も熱心に言う。
「失礼ですが、今はお若いあなたが一人で家計を支えているそうですね。何かと大変でしょう。それに、あなた自身もこれから先の人生を考えた時、結婚や仕事、いろいろやりたい事もおありでしょう。養子といっても、これで一生会えないのではなく、これからも交流は続けて行けると思うのです」
火炎は黙って彼らの話を聞いていた。店の中は、少し冷房が効き過ぎている。
――お母さんが欲しい
桃香の泣き顔が脳裏に過ぎった。
(おれじゃ、駄目なのか……。おれが妖怪だからいけないのか? それとも、おまえが人間だから……)
店のドアが開いて、たった今入って来た親子連れがテーブルの脇を通り過ぎた。
――火炎のことが好き。それに水流も……。だけど……
(愛せないのか)
頼んだコーヒーはすっかり冷たくなっていた。
「どうでしょう? 桃香ちゃんの養育を私共に任せてはいただけないでしょうか?」
頼んだコーヒーはすっかり冷たくなっていた。火炎は一瞬何か言い掛けた。が、巡回する冷房の風を避けるように、テーブルに置いた手を下ろすと静かにうなずいた。
次の日、コンビニの店長は、偽証罪と脅迫、並びに公文書偽造の罪で逮捕された。ボイスレコーダーに録音されていた内容とパートの店員の証言が有力な証拠になった。しかし、砂地には何のお咎めもなかった。それどころか、また堤防の復興工事を任されて佐原建設のトラックが街中を行き交っていた。水に浸かってしまった場所を消毒したり、濡れて使い物にならなくなってしまった物を処分したりと人々は復興作業に明け暮れていたが、子ども達は元気に学校に行った。
「ねえねえ、みんな! 大変だよ!」
佐々木が勢い込んで教室に駆け込んで来た。
「大変って何が?」
泉野が訊いた。
「烏場先生が学校辞めちゃうって……」
「なんで?」
みんな納得できないという顔をした。
「テレビの取材が押し掛けて来たの! この学校に妖怪の先生がいるのは本当かって……」
外が賑やかなのは工事の車のせいばかりではなかった。
「何だよ、今さら……。あの事ならもう解決してるじゃないか」
淳が言った。
「それが……うちの親が学校に異議を申し立てたの。妖怪の教師が子どもを教えるなんて信用できないって……それでよけいにややこしくなっちゃって……」
佐々木がすまなそうにみんなを見る。
「そんなの変だよ!」
山本が言った。
「そうだよ。妖怪だろうと何だろうと先生には変わりないじゃん!」
石田が言った。それを聞いて、水流はうれしくなった。
「でもさ、妖怪ってわたし達とはちがう訳でしょう? 体が溶けたり、鳥になったりするみたいだし……」
眉を寄せて有沢が言う。
「そりゃな、だって妖怪だもん」
少しだけ唇を尖らせて淳が言う。
「そこよ。つまり、人間とはちがう能力を持ってる。だったら、その力ってどれくらい? 何が出来るの? もし、それが人間以上のもので、その力を使って悪用しようと思ったら……」
「烏場先生はそんな事しないよ!」
淳が怒鳴る。
「烏場先生はそうかもしれないけど、他にだって別の妖怪がいるかもしれない」
有沢はそれが心配だと言った。
「確かに妖怪の中には砂地みたいに人間に酷い事する奴もいる……昔、水湖って奴が村を沈めて滅ぼした事もあった」
水流がぽつりと呟く。
「ほら、みなさい。妖怪は恐ろしい存在なのよ。そうでなければ、わたし達人間の事を見下してる」
「ちがう!」
机を叩いて水流が言った。
「じゃあ、どうして村を滅ぼすなんて……そんな酷い事が出来るの?」
「それは……人間が聖域を荒らしたから……」
「聖域? それってどこにあるんだい?」
白木が訊いた。
「山奥」
そう言う水流に岩田が言う。
「じゃあ、妖怪ってもともと山奥にいた訳? だったらどうして人間の街に出て来るの? 山で平和に暮らしてたらいいじゃない」
「そうだよ。人間には人間の、妖怪には妖怪のテリトリーってものがあんだろ? それぞれの場所で生きればいいじゃないか」
春日や北野も言う。
「ちょっと待って」
そこへ泉野が口を挟んだ。
「谷川君はさっき、聖域に踏み込んだから、水湖という妖怪が村を沈めたと言ったよね。それって、つまり、人間が妖怪達の住む場所に入り込んだからだと思うんだけど……。だとしたら、悪いのは妖怪とばかり言えないんじゃないかな?」
「おい、泉野、おまえ、どっちの味方なんだよ? 妖怪の方が力強いなら、一方的な弱い者いじめじゃないか。そんな奴を庇うのか?」
丸山が言う。
「そうじゃないよ。結果の前には必ず原因があるんだ。そこをきちんと調査しないと一概には言えないって、ぼくは言ったんだ」
「要は、妖怪にだっていろんな奴がいるって事よね? 人間の中にもいろんな性格の人がいるように……」
佐々木がまとめる。
「そうそう。でも、やっぱり、この問題は人間とはちがう水準で考えなきゃ……」
鈴木が言った。
「そう! わたし達、妖怪の事、何もわかってないんだもの。よく知らないのに、いいとか悪いとか決められない。烏場先生や谷川君だってずっといつまでも変わらずに人間の味方でいてくれるかなんてわからない。だって彼らには力があるんだもの。人間だって心変わりする事だってあるでしょう? 人の心だってわからないのに妖怪の心がわかるなんて誰に言えるの?」
有沢が言う。
「それでも、おれは烏場先生を信じるよ。おれ達の先生は烏場先生だけだ!」
淳が大声で叫んだ。
「そうだよ。抗議しましょうよ! 烏場先生を辞めさせないでって……署名活動もして……」
石田が言うと、みんな賛成だと叫んで拍手した。
「そうだね。もう時間がないから、署名活動に賛成か反対か放課後、決を採ろう」
泉野が提案した。
「もし、どうしても気になる事があるんなら、谷川君に訊くとか、烏場先生にまとめて質問してみてもいいんじゃないかしら?」
佐々木も言った。
「決められないよ」
有沢が言った。
「そんな急には決められない。急ぎ過ぎると何かを見落としてしまいそうで怖いの。だから、そんな大事な事、すぐには決められない」
「何言ってんだよ、おまえ。もう時間がないんだぞ!」
皆がてんでんに意見を言い、教室中が騒がしくなった。
その時、いきなりドアが開いた。そして、烏場先生が入って来て言った。
「慎重になるのは決して悪い事じゃないと思うよ。時には迷うのも大いに大事な事だからね」
「でも、先生」
何人かが声を上げた。それを制して烏場が言う。
「先生の事、思ってくれる君達の気持ちはとてもうれしいよ。でも、簡単に答えを出してしまうのはどうだろう? もう一度よく考えてみる事も必要なんじゃないだろうか。自分とは違ういろんな意見を聞く耳を持って欲しい。すべてが正しいとかすべてが間違ってるなんて事はなくて、いい点悪い点。どちらでもない点、そして、どちらでもある点、それらが複雑に絡み合って一人の人間、あるいは心や社会は出来ている。もちろん妖怪もだ」
子ども達はみんな、黙って先生の話を聞いていた。
「そうして、たくさんの意見を並べていいところを受け入れ、よくないところは反省したり、改善したりして直して行く。そういう事が大事なんじゃないかと思う。ぱっと見た印象で決めてしまうのではなく、細かい部分を見てから決めても遅くはないのだから、知らないよりも知っている方がいい。君達には学ぶ権利がある。その知識をどうやって得るのがいいか検討するのは悪くない。だけど、忘れないで欲しい。学びは人間からだけでも妖怪からだけでも偏ってしまう危険がある。でも、人間だからこそ、妖怪だからこそわかる視点もあるんだ」
「先生、そもそも妖怪って何なのですか?」
泉野が訊いた。
「それはなかなか難しい質問だね。いつ生まれたのかさえもわからない。自然とともにあったのかもしれないし、心を持ったから生まれたのかもしれない」
「心? それじゃあ、先生もいつか心変わりする事もあるんですか? 今は、人間の味方だけれど、人間に対して牙を剥くような瞬間が……」
佐々木が訊いた。
「そう。たとえば、5年後、10年後、100年後にはどうだろう? 絶対にないとは言い切れないな」
「先生……」
有沢が何か言い掛けた。が、その肩にそっと手を置いて、先生は続けた。
「その事は、これからもずっと考えてみて欲しい。そして、より良い答えを出して欲しい。もしくは答えなんか出ないかもしれないけれど……。私はずっと君達の、人間の事を長い目で見守っています。そして、1000年経った時、私に牙を剥かせるような事をしないで欲しい。君達が子孫にも語り継げる何かを託してくれる事を願っています」
「先生!」
「烏場先生!」
みんなが涙を流していた。淳や有沢や、泉野もみんな……。
水流が家に帰ると火炎がダンボール箱に桃香の荷物を詰めていた。
「何やってんだよ?」
「あの子は養子に出す事にしたんだ」
「何だって?」
「その方がいいんだ。多分……」
「なんでだよ? 桃ちゃんはおいら達といたがってるんだぞ」
「訊いてみたのか?」
「それは……」
水流が口ごもる。
「訊ける訳ないよな。それに、直接訊いたんじゃほんとの事なんて答えてくれない。あの子はやさしくていい子だから……」
――火炎のことが好き。それに水流も……。だけど……
「おれ達は妖怪だからな」
――やっぱり桃香、お母さんが欲しい!
「おれには、あの子の願いを叶えてやる事は出来ない」
――人間の気持ちなんかわからない!
肌の下に透けて煮え立つマグマ。
「火炎……」
窓の外で洗濯物が揺れている。
「おれ達も引っ越す」
荷物を詰め終わった火炎が立ち上がって言った。
「電車に乗ってどこかの街に行って、そこでおれ達も別れよう。もうおれ達が一緒にいる必要もないからな。水流、おまえも故郷へ帰ったらどうだ? こんなごみごみした人間の街にいるより、きれいな谷川の水に戻って……」
「ああ……。そんな風に過ごせるなら、幸せかもな」
膨れたように水流が言った。
「なら、決まりだ」
火炎は素っ気なく言った。
「でも、せめて、淳達にさよなら言わせてくれよな。せっかく友達になれたんだ。烏場先生も学校辞めるって言ってたから、明日みんなで駅まで先生を見送りに行く約束してんだ」
「ああ」
火炎は窓辺に吊るしていた洗濯物を取り込んだ。それはバスタオルと、この夏、桃香に買ってやったばかりの水着だった。
「なあ、おいら達ってさ、人間の仲間にはなれねえのか?」
水流がぽつんと呟いた。
「今度は……うまく行ったと思ったのに……」
――妖怪は恐ろしい存在なのよ
――人間には人間の、妖怪には妖怪のテリトリーってものがあんだろ?
「人間と妖怪ってさ、お互いの事、理解するって出来ねえのかな?」
バスタオルをたたむのを手伝いながら少年が言った。
「なあ、火炎。教えてくれよ。おいらは、やっぱ人間にはなれねえのか? どこまで行ってもおいら……化け物でしかねえの? あいつらからしたら、心許す事の出来ねえ、……おっかねえ化け物でしか……」
たたんだ洗濯物をダンボールに入れた手を止めて火炎が言う。
「だとしたら、そんな化け物に人間が育てられる訳がない」
――だって水流は妖……
夕日が射し込む部屋のカーテンだけが揺れていた。
「少し風が出て来たな」
火炎が呟く。遠くで雷も鳴っていた。
「降り出す前に荷物を片付けてしまおう」
そう言う火炎の頬に赤い夕日が反射した。
その日、桃香は淳の家で夜を過ごした。
「ここが桃ちゃんの部屋だよ」
淳に案内されて桃香は目を丸くした。
「すっごーい! ふかふかのベッドだ! 机に大きな地球儀もあるねえ。それに本がいっぱい!」
「どう? 気に入ってくれたかしら?」
おばさんも来て訊いた。
「うん」
桃香はうれしそうだった。
「取り合えずランドセルや教科書なんかを先にもらって来たよ」
おじさんが持って来たダンボール箱を床に置いた。
「これって桃香の……」
そこには教科書と一緒に彼女が気に入っていた絵本もあった。それは火炎が買ってくれた本で、何度も何度も読んでくれた思い出の絵本だった。
「火炎は? 水流達はいつ来るの?」
桃香が訊いた。
「それは……。お仕事が忙しくない時にまた、遊びに来てくれるわよ」
おばさんが言った。
「それっていつ?」
そこへ淳が大きなくまのぬいぐるみを持って来た。
「ほら、これも桃ちゃんにあげる」
「わあ! かわいい! それにもふもふして気持ちいい!」
ぬいぐるみを抱っこして、桃香がはしゃぐ。
「これからは、ずっと一緒だよ」
そんな桃香をやさしく抱いて淳が言った。
「ずっと?」
「うん。ずっとだ」
そんな子ども達の様子を見て、両親は微笑んだ。
「もう会えないの?」
桃香が訊いた。
「火炎や水流には、もう会えないの?」
「……そんな事ないわよ。さっきも言ったでしょう? きっとまた会いに来てくれるわよ」
宥めるように母親が言う。その手はそっと桃香の髪を撫でている。
「ちがう」
桃香が俯く。
「……会えないんだね」
涙が床を濡らす。
「桃香が人間だから?」
両親ははっとして顔を見合わせた。今朝、テレビを賑わせていた妖怪騒動の事を思い出したからだ。この街の小学校に妖怪の教師がいるというセンセーショナルなニュースだった。しかし、その氏名は伏せられていたため、息子の担任だとは気付いていなかった。この世に妖怪がいるとも思っていなかった。が、大人なら普通の反応だろう。淳は何も言わなかった。
「あらあら、もう小学校でも噂が広がっているのね。桃ちゃん、妖怪なんていないのよ。それは多分、何かの見間違いで……」
「いるよ」
桃香は泣きながら言う。
「そして、妖怪はとってもあったかくてやさしいんだ」
淳だけがうなずいて見せた。
「明日、烏場先生を見送りに行くんだ。桃ちゃんも行く?」
淳が訊いた。
「水流も来る?」
「ああ」
その言葉に淳がうなずく。
「淳……」
母親が不安そうに息子の方を見た。が、彼はしっかりと首を横に振った。
「内緒にするなんて出来ないよ」
そして、次の日。子ども達は烏場を見送るために駅に集まった。
「さようなら、烏場先生。ぼく達、先生の事、ずっと忘れません」
泉野がみんなからの寄せ書きを渡す。そして、佐々木からは小さな花束。
「ありがとう。みんな……」
先生はいつも通りに微笑んでいた。
「先生、わたし……」
有沢が前に出た。
「いいんだよ。いつまでも自分の心に正直に生きるんだよ」
そう言うと先生は有沢の手をやさしく握った。
「烏場先生、実はおいら達も引っ越す事になったんだ」
水流が言った。
「そうか」
先生は水流とも握手した。そして、他のすべてのクラスメイト達とも……。そして、アナウンスとともに電車が来た。
「さよなら、先生!」
子ども達が叫ぶ。
「さよなら、みんな! 元気でね」
先生もそう言うと電車に乗った。そして、ドアが閉まり、電車が走り出した。いつまでも手を振っている水流を火炎が呼んだ。
「行くぞ。おれ達は向こうの電車だ」
二人が隣のホームに向かう。
「待てよ、水流!」
淳が追い掛けて来た。
「ああ。急なんだけどさ、おいら達も行く事になったんだ」
「待って! もうすぐ桃香がここに来るんだ。きっと道路が混んでるんだよ。だから……」
「桃香が……」
アナウンスが電車の到着を知らせた。
「谷川君! ひどいよ。君までいなくなっちゃうなんて……。どうして教えてくれなかったの? お別れの寄せ書きだって用意してないのに……」
泉野が困ったように言う。
「せめて引っ越し先の住所教えて。そうしたら、あとからそこへ送ってあげられるから……」
佐々木も言ったが、水流は首を横に振った。
「いいんだ。おいら達、いつだって旅立つ時は急なんだよ。ほら、もう電車が来ちまった。そんじゃ、みんな、元気でな。おいら、おめえらと友達になれて、ほんとうれしかったよ。あんがとな」
そうして、到着した電車のドアが開き、火炎と水流が乗り込んだ。
「水流!」
みんなが駆け寄る。
「水流、ごめんね」
有沢が言った。
「ひどい事言ってごめんね。わたし、調べたの。妖怪の事……。まだまだわからない事いっぱいあるけど、将来は妖怪の研究する人になるよ」
「研究? やめとけよ。おいら達、そういうの苦手なんだ。いつだって気ままに生きるのがおいら達のいいところ。だから、おめえももっと気楽に生きろよ」
「水流」
火炎はそんな彼らの様子を黙って見ていた。
そして、ドアが閉まり掛けた時、
「火炎! 水流! 待って!」
桃香が転がるような勢いで駆けて来た。そして、ドアが閉まるよりも早く電車の中に飛び込んだ。
「桃香……。どうしたんだ?」
火炎が訊いた。
「桃香ね、急いで来たの。やっぱり桃香、火炎達と行くっておばさんに言って、それで車を飛ばして急いで……」
息を切らしてうまく言葉がつながらなかった。走り始めた電車の窓から、手を振る子ども達と淳の両親がこちらを見て頭を下げているのが見えた。
「おばちゃんがね。あとで連絡くれたら荷物を送ってくれるって……。お部屋にあった家具もみんなくれるって言ったけど、桃香いらないってことわったの。だってあんなの置いたら火炎と水流の寝るところがなくなっちゃうもん。だから、いらないって言ったよ」
「桃香……」
火炎はそんな桃香を抱き上げてみんなの方を向かせた。もうほとんど見えなくなってしまった人影に桃香は小さな手を振り続けた。
「さて、どこに行く?」
水流が訊いた。
「さあな。でも、少しのんびりした田舎に行くか。水流、おまえの故郷のような……」
火炎が言った。
「田舎ね。おいらはどっちでも構わないぜ。火炎、おまえんとこだって田舎だろ? 山と川と……両方あるとこがいいんじゃないのか?」
「じゃあ、温泉に行く?」
桃香が言った。
「そりゃいいや。桃ちゃん頭いい!」
そうして、3人を乗せた電車はどこまでも走り続けた。
END
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